黒い海岸の女王ー英雄コナン1(感想)

黒い海岸の女王(ロバート・E・ハワード/創元推理文庫)


1万2千年前、アトランティスが海中に没したのち、現存する歴史が記されるあでの空白期に、ハイボリア時代なるものが存在した。この時期の伝承を伝える年代記は、キンメリア生まれの英雄コナンの事跡を記している––

引用:黒い海岸の女王–あらすじより

一万二千年前、アトランティス大陸が海に没したのちのハイボリア期を舞台にしたヒロイックファンタジーの原点とも言われるコナンシリーズの一作目。

主人公であるコナンは、いわゆる文明の毒に侵されていない蛮人であり、道徳にも金にも権力にも囚われぬ、まさに力こそパワーを地でいくヒーローであります。対するは妖しげな妖術、奇怪な巨大生物、さらには素性も知れぬ超古代文明の遺産と対峙し、またさまざまな美女と出会い、いろいろな意味で大活躍していく姿は、今読んでもかなりの爽快感がありますね。なにより荒々しくも奇怪なハイボリアの世界を描写する文章が美しく、そこに生きる人々の描写がその体臭まで臭いたちそうなくらいに濃密な描写が素晴らしい。世界の描写の美しさはファンタジーの醍醐味と言って良いと思います。

一番面白かったのは「館のうちの凶漢たち」。言うなれば押し入り殺人をするつもりだったコナンたちがなし崩しで館の主人とともにデストラップ館に挑むというブラックなユーモアがあって一番好き。「象の塔」の悪の魔法使いの塔に挑むという古典的な話が最後に捻られているのも新鮮(古典なのに新鮮だ)。一発ネタとしては「石棺の中の神」のコナンなのにミステリが始まってしまう展開には爆笑してしまった。その……コナンで……ミステリ……いやなんでもない。

以下は各短編の感想です

氷神の娘

初っ端からコナンシリーズとしては異色な作品と言えるでしょう。北方で戦争に参加していたコナンは戦場に似つかわしくない美女に出会い雪の奥深くに誘われる……という童話めいた挿話です。吹雪の中、半裸の美女に誘われる戦士。その姿が明確に浮かび上がるのが良いですね。
あと冒頭でコナンと一騎打ちをしている戦士の名前がヘイムダルだったので、これラグナロクなんでしょうか。この戦でヴァナヘイム側は全滅したんだろうな。

像の塔

この話、まさにヒロイックファンタジー感があっていいですねえ。若きコナンが退廃した文明社会にやってきて、己の衝動のままに邪悪な神官だか妖術師の塔に殴り込むあたりが最高に蛮族している。塔の中で先に侵入していた盗賊と出会い、共に財宝を目指して進むあたり、冒険活劇の王道といってもいいんじゃないかな。そして、塔の最後に待つものは……あたりで突然S一捻りしてあるのも面白い。

石棺の中の神

これは読んでて爆笑しちゃった。だっていきなり殺人事件が始まってミステリになるんだもん。容疑者はもちろん我らがコナン!コナンは自分の無実を晴らして真犯人を見つけることが出来るのか!なおネタバレをすると最後はもうミステリとかどうでも良くなります。作者も半分くらいジョークで書いたんじゃないかなあ。

館のうちの凶漢たち

冒頭にも書いたけど、これ自分のオススメのエピソード。

とある国の公子が政敵である神官を殺すためにコナンと共に館に乗り込んだところ、落とし穴に落とされたあたりから雲行きが怪しくなる。コナン、公子、さらには神官まで含めて館からの脱出を試みていくことなります。3人とも善人には程遠い曲者揃いが危機的状況を前に協力せざるを得ないとという物語は、どこかスラップスティックコメディな印象さえ受けますね。

黒い海岸の女王

ヒロインにあたるベーリトがかなり嫌なタイプの女性なのがきつい。良く言えば情熱的、悪く言えば惚れた相手以外には冷酷。危険なところへ偵察にいこうとするコナンを引き止めて部下を行かせたあたり(部下は死ぬ)、ちょっとなあ。時代的に仕方がないところなんだろうけど、黒人の部下たちがゴミのように死んでいくのをぜんぜん気にも留めないのも良くない。まあ、コナンとしてはこういう気の強いところが良かったんだろうな。

消え失せた女たちの谷

作者の黒人蔑視がものすごく露骨に現れているのが特徴。他はここまであからさまじゃないのにどうなってんの?……と思ったが、これ生前未発表だったのか。なら仕方がないな。死後のことまで作者を責めるわけにはいかない。
今回のヒロインのリヴィアも性格が悪いな!コナンを色仕掛けで動かしたあと、身を捧げるのを恐れて逃げ出してしまうとかなかなかエゴイスティックというかヒステリックというか。そして、そんなリヴィアもコナンは好ましく思っているようなので、つまり、コナンの好みは図々しいまでの生命力に溢れているタイプなんだな、ということがよくわかる話です。

資料編

作者の梗概や草稿のまとめ。白眉は作者の書いたハイボリア時代の解説だと思います。おそらく数万年前から紀元前までを失われた歴史として描いている。す、すごい妄想力だ……作者の設定魔としての側面に圧倒されました。作者が早逝しなければ、この歴史を舞台にした他の物語が出ていたのかもしれないなあ……。

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