「空気を読む」とはなんだろう

・ある漫画を読んでいて「空気を読む」と言うことがまるで読心術のように相手の心を理解しているように描写されていることがあった。相手の内心が発語されていて主人公がそれを読み取っているのです。自分はそれを読んですごく違和感があって、それは自分は「空気を読む」というのは読心術とはまったくかけ離れた、むしろ正反対のものだと思っているからです。

・これは個人的な解釈ですけれど、空気を読むというのはある種の経験則であろうと思っています。ある人が何かを言った時、一定の確率でこのように考えていることが多いと言うパターンの積み重ねを経験的に理解すること、それが「空気を読む」ということなのではないか、と。例えば、「あーその日は行けるようなら行くね」と言われた場合、高確率でその人は本当は行きたくないのであろう、というようなことです。こうしたパターンの積み重ねから相手の行動を予測して対応する。例えれば天気予報となどで、雲の形から雨が降ることを予測するのと似ていますね。

・重要なことは相手が何を考えているのかは分からないということです。むしろ、分からないからこそ相手の言動や行動から蓋然性の高い思考を推測する。もちろん推測であるので相手が想定から外れることもありますが、そこから修正してより確度の高いパターンを作っていく。そういうところも天気予報に似ていますね。したがって、「空気を読む」と言うのがちょうのうりょくのような描かれ方をしていることにちょっと不満がありましたね。もっと合理的で、言ってみれば科学的なアプローチ方法であり、努力して身につけていくものなのではないかと思うんですよね

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