黒河を越えてー英雄コナン4(感想)

「黒河を越えて」(ロバート・E・ハワード/創元推理文庫)

コナンシリーズを読んでいるとダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)などのファンタジー系のTRPGシナリオを思い起こされますが、勿論これは逆で、TRPGのシナリオがコナンシリーズなどの古典の物語を再現しようとしているに他なりません。なので、TRPGの元ネタを探すようにして読むのも楽しいですね。

以下、各話感想です。

赤い釘

コナンが勇気と知恵(…と言うか毒)で恐竜と戦うシーンはまさにヒロイックファンタジーという感じで良いですねえ。ただ、それはあまりメインの話ではなく、古代都市で繰り広げられる2つの部族の争いに巻き込まれるのが本筋になります。

二つの部族の間を立ち回る話になるのかと思ったら(くろ黒澤明の用心棒みたいな)、あっさり敵対部族が全滅してしまって拍子抜け。争う部族の設定必要あったのかちょっと疑問が残りました。作者的には最後のレズっぽい描写が山場だったのかな……。

最後の方は黒幕かと思った端から新しい黒幕が出てきてグダグダになっていきますが、実はそんなに嫌いじゃないです。

古代王国の秘宝

これはいわゆるいつものコナン。莫大な財宝を狙って謎の古代文明の遺跡に潜り込んだコナンは、同じように財宝を狙うライバル出し抜くものの、そこには財宝を守る番人がいて……という話。アンチャーテッドみたいだな。話としては単純明快なんだけど、古代王国、財宝、恐ろしい番人!と来たら楽しくならないわけがないよな。

黒河を越えて

この話はすごく面白かったです。ただし、いわゆるコナンの血沸き肉躍る大冒険活劇、ではないところに注意。むしろコナンがどんなに活躍しても敗北が定められている、ダークファンタジーに片足を突っ込んでいると言ってもいいですね。コナンが出来ることは敗北を先延ばしにすることだけ。それでも死にゆく人々の中に希望を残していく。そんなはかない印象さえ受ける作品です。

今回の主人公はコナンではなく、アキロニア人のバルトゥス。逞しい山男ではあるけれども文明の中で育った文明人です。コナンが文明の中で生活していても蛮人と描写されているので、ちょうど正反対のキャラクターと言えます。要するに文明人から見たコナンを描写することによって、その魅力を描こうという試みなのだと思います。あくまでも文明人である彼にとってコナンは野蛮人であるけど、その強さにどうしても憧れてしまうというハワード自身の代弁的存在なのかもしれません。

さて、今回コナン達がいるのはケイロニア辺境、蛮族であるピクト人たちの土地を切り取った開拓地。先祖伝来の土地を奪われたピクト人たちは当然の如く開拓者たちを憎み、開拓地を襲います。守備隊もあるものの、王宮では辺境の状況など知らず援軍も見込めない状況で、日夜迫るピクト人たちの襲撃で疲弊し続けている。コナンは一人、森林の中でピクト人と戦い続けているところでバルトゥスと出会う。二人は共に今回の敵役である魔術師ゾガル・サグに立ち向かうことになります。

この魔術師ゾガル・サグはなかなか存在感がある敵役になっていて、とてもいいと思います。コナンに出てくる敵役は言ってみればコナンを引き立てる噛ませになってしまうことがほとんどなのが残念なんですけど、ゾガル・サグは不気味さの中にも独特の格好良さがあって、良い悪役だと思います。たとえば、彼の使役する魔物が森の中で襲い掛かってくるところはホラー小説のような不気味さがあるし、罠にかかってバルトゥスが捕まったところでは蛮族の祭儀に臨む姿はおぞましくも格好いい。また、ゾガル・サグの分身として描かれている彼の魔物とコナンが会話しているシーンがあって、これも異色に感じます。コナンがこれから殺すはずの敵とこんなに会話したことってあったっけ?あまり記憶にないですね。なので、少なくともハワードは彼をコナンにやられるだけの敵ではなく、一つのキャラクターとして描いているのではないかと思います。

クライマックスでピクト人たちの攻勢を受けて守備砦が落とされてしまうところからはずっと緊張感が持続しています。開拓民たちを逃がすためにコナンたちが奔走しているシーンは、コナンであってももはやピクト人たちを押しとどめることが出来ないという、ある種の絶望的な展開ではあるのですが、それゆえに諦めることを知らないコナンの格好良さが描写されていますね。そして女子供を逃がすために、犬と共に絶望的な戦いに挑むバルトゥス。後に伝聞だけで彼の最期をコナンが知るシーンなど、切なささ感じさせる良い描写でした。

文明対野蛮の戦いは、しかし、誰一人として勝利を収めることなく終わった。ゾガル・サグも死に、バルトゥスも死に、コナンだけは孤独に勝利し、そして負けた。勝利者の誰もいないところで、それでも蛮人コナンは怒りと共に戦い続ける。無常に抗い続ける人間の描写と言った感じで、とても好きなラストの描写でした。


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